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浮気旦那と離婚に至るまでの道のり(5)

不倫
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大きな手帳

夫は沙織と不倫を始めてから、大き大きな手帳な手帳を使い始めた。以前の小さな手帳とは違い、真新しくて黒い本革の手帳は、設計事務所でみんなの目を引く存在になった。私はその手帳が気になっていたが、夫は手帳をロッカーにしまって鍵をかけていたので、見ることができなかった。

ある日、新しい事務員から病院に回ってから出社したいと電話が入ったので、私は事務室で一人になった。夫の机は設計室の一角にあったが、事務室にも一つあった。私は夫の机の上に置かれた書類の下に、無造作に置かれたその手帳を見つけた。

私は夫の手帳を手に取り、机の影にしゃがみ込んで開いた。先月のページには仕事の予定しか書いてなかったが、視察旅行と称して女と行った不倫旅行の月のページを開くと、夫が視察旅行と称して出かけたあの日の予定が書いてあった。私は携帯でシャッターを押して証拠を撮った。

その後、別のページに「M誕生日ジュエリーK10:00」と書いてあった。ジュエリーKは札幌市内にある有名なオーダーメイドのジュエリーショップだった。私はシャッターを押して証拠を撮った。

その時、ドアノブを回す音が聞こえ、夫が事務室に入ってきた。私は手帳を夫の机の上に放り投げ、自分の机に戻って帳簿を確認しているようなポーズを取った。夫は手帳をしまい忘れていたことに気が付き、見てないだろうな?と言いたげに私の方を見たが、私は帳簿から顔を上げなかった。

夫は手帳を抱えて事務室を出て行った。私は写真がうまく撮れていたのか確認した。とっさに写メは撮ったものの、肝心な部分が写っていなくてはなんにもならないのだ。幸い、写っていた。

これで沙織の誕生日がわかれば、夫との不倫を証明できるかもしれない。でも、どうやって沙織の誕生日を調べる?沙織のバイト先の生命保険会社に聞きに行ったところで、教えてくれるわけがない。私は気ばかりが焦る。

もしかして、今私がやったことは犯罪なのか。ふと怖くなる。でも、もし犯罪ならどうなんだ。止めて彼らに負けるのか。いや、たとえばこれが犯罪でも、止めるわけにはいかない。子供達を守るためには、止めるわけにはいかない。しかし、これから後なにをすれば……。私の計画は早くも行き詰まった。

嫌 味

夫は私に名札を渡した。私は「6人しかいないのに今さらなんで名札なんだろうね」と言った。社員は「所長がこれを皆に渡すときに言ったんです」と答 えた。

「なんて?」

「今後は奥さんのことを奥さんとは絶対に呼ぶなって。もうあの人は奥さんじゃないからって」

私は驚いた。なぜ夫はこんなことまでして社員まで巻き込んで、私の心を傷つけたいのか。私が休めば仕事をしに来いと言い、私が仕事に来れば悪意ある言葉や態度で容赦なくめった刺しにする。来ても来なくても私は生殺し。

夫は私をただの社員として扱いたいのだろう。わざわざ社員まで巻き込んで、仕事では私を頼るくせに。
そこに夫が入ってきた。「美咲さん、ボケっとしていないで早く事務所の掃除をしていただけませんか?」と言った。私は驚いて夫を見た。夫が私に対して敬語を使うことは今までにないことだった。

夫は社員にも聞かせたいのか、大きな声でそう言った。私は慌てて掃除を始めた。夫は社員に仕事の段取りを話し始めたが、敬語を使わなかった。敬語を使われるのは私だけのようだった。

私は夫のことが怖くて一言も言い返すことができなかった。夫は私に「美咲さん、掃除が終わったらこの見積書大至急作って先方にファックスしていただきたいのですができますか?」と言った。私は夫に「なぜ皆の前でこんなことまでして私のことを傷つけたいの?」と言いたかったが、できなかった。

夫は私に突然差し出された離婚届に黙ってサインをしかったことを責めていた。理由も聞けず話合いもしてもらえず、サインなんてできるわけがない。悪いことをしでかしたのは夫の方だったのに、なぜ私が責められるのか。

以降、事務所の中で私に対する夫のパワハラがこれでもかというくらい続くのだ。まさに生き地獄だ。

毎晩の日課

私は夫の不倫を知ってから、毎夜同じことを繰り返している。夫が不倫相手の家に泊っているかどうかを確認するために、深夜に車でその家まで行くのだ。私はこの日課を止められない。止めたいのに、止められない。

私は車のキーを握りしめ、そっと玄関のドアを開け、車に乗り込む。車のエンジンをかけると、家から車で20分の不倫相手の家を目指す。どうせ行ったって、夫の車はそこにあり、夫と不倫相手が眠る二階のあの部屋を遠くから見て惨めになるだけ。わかっている。わかっていても、私はその夜の日課をどうしても止められない。

私はもし万が一でも、不倫相手の家の前に夫の車がなければ、ほっとできるから、今夜は夫とあの不倫相手は一緒にいないとほっとしたいから、そんな景色を確認し、まだ私にも希望があるのかもしれないと思いたいからだ。

私は夫の心は私になんてないのに、捨てられたのにいつまでも惨めな女、あきらめの悪い女。それが私だ。私は今更そんなことしたって惨めなだけ、頭ではそうわかっているのに、それでも今夜も私は真夜中に不倫相手の家に確認に行く。

私は恥もプライドも無い、みっともない女ということだ。私は夫に対する気持ちが嫌悪感と敵意のみだったら、どんなに楽だったことだろう。案の定、今夜も真夜中、不倫相手の家にある夫の車を目にし打ちのめされる。

私は何度こうして確認に来ただろう、何回も繰返される誰も知ることのない私の醜くくも悲しいこの日課。繰返す度、私の心はずたぼろに引き裂かれ、少しつ少しつ死んでいく。不倫という名の刃で。そして今夜も私は泣きながら家へ帰るのだ。なんて執念深く醜く諦めの悪い女。それが私だ。それが私の本当の姿だ。

もう一つの裏切り

私は夫の不倫の証拠を集めなければならないと決めた。彼らに負けないために、子供たちの生活と未来を守るために。義父の従妹の孝子が久しぶりに私の家にやって来た。彼女は夫の不倫の話を聞いて驚いてきたのだ。彼女は義父のことを嫌っていたので、夫の不倫の話を聞いて怒っていた。

孝子は私に夫の不倫の話を聞かせた。夫の不倫相手は義父の知り合いだったらしい。義父は夫に不倫相手としてその女を紹介したのだ。私は信じられなかった。義父が息子にそんなことをするなんて普通ではない。

孝子は義父から直接聞いた話を私に伝えた。義父は夫に女遊びの楽しさを教えようと思ったらしい。義父は自分が女遊びをして楽しかったから、息子にも同じことを教えようとしたのだ。私は吐き気がした。

孝子は義父が今すごく後悔していることを伝えた。義父は夫が不倫相手に本気になるとは思っていなかったらしい。義父は困ったと頭を抱えているのだ。

私は義父母の本心を知った。義父母は私を利用していたのだ。私が事務所に残るように義父母は必死だった。私が精神的に参って事務所に来れなくなるのも困るらしい。義父母は私を利用してお金を得ていたのだ。

私は孝子に義父母の本心を知ったことを感謝した。孝子は義父母の本心を私に伝えた。私は義父母の本心を知って愕然とした。私は人も見抜けない愚かな女だった。私は馬鹿でどうしようもない人間だった。私は消えてしまいたいと思った。

証 拠(1)

私は20年間、家族のために尽くしてきた。夫に尽くし、義父母に尽くし、事務所に尽くし、自分のことは後回しにしてきた。妻として嫁として、それが役目と思ってやってきた。しかし、その結果がこれなのか。この20年はいったいなんだったのか。

私は夫を選んだのは私、設計事務所に入ったのも私の意思だった。もっと自分を大切にして、夫にも義父母にも自己主張する道もあったのかもしれない。しかし、私は事なかれ主義で遠慮して、その道を選ばなかった。

全てが自己責任、自業自得、因果応報だとしても、この仕打ちは酷すぎないか。夫や義父母の人間性をもっと早くに見抜けなかった私が悪いと言われれば、返す言葉がない。

私は心療内科に通っている。安定剤を飲んでも前のように効かない、眠れない、食べれない、苦しい。先生は「これ以上は」と言っているが、私は「もっと強い薬に代えてもらえないでしょうか」と頼む。

私は10キロ以上痩せた。先生は「このままどんどん痩せてしまうと、入院ということも視野に入れないといけなくなります」と言っている。私は事務所に行かなければならない。子供達を守る証拠を手に入れるために、子供の生活を守るために、子供の将来を守るために。

私は翌日、事務所に出社した。心と体を引きずって、夫のいる事務所に。私はこそこそと人目を盗んで、コピーに明け暮れた。自分がこそ泥にでもなったような罪悪感を持ちながら。この一年間の夫の領収書、夫と私の20年に渡る給料明細書、夫と事務所間のお金の流れがわかる諸々の書類、夫のタイムカード等々。私は目につくもの思いつくもの、手当たり次第にとにかくコピーした。

私は相変わらず社員の目の前で行われる夫から私への無視、罵倒、言いがかり、敬語、差別を受け続ける。私の体調は更に悪化していった。私は倒れて来れなくなったら終わりだ。自分の心と体がさらに壊れていくのを感じながら、私は焦り、なにかに憑りつかれたようにコピーをし続けた。

証 拠(2)

私は夫の不倫の証拠を集めているが、コピーできないものが一つだけある。それは夫名義の家族の通帳だった。その通帳には20年にわたる毎月の私の給料全額と生活費を引いた残りの夫の給料、 その他諸々が積み立てられているのだ。家族の未来のためのお金だった。

私はその通帳をどうしてもコピーしておく必要があった。悠人の大学進学、美穂の高校進学までもう一年もない。その進学費用は全てその通帳に入っている。私は夫のロッカーの中に通帳があるのではないかと考えた。何日か経ったある日、奇跡のようなチャンスがやって来た。うちが設計した建設現場で事故が起きたとの連絡だった。夫は血相を変えて事務所を飛び出した。上着を取ったあとのロッカーの鍵を開けたままで。

私は夫のロッカーを確かめると、なんと夫のロッカーが空いた。ロッカーの上の段に小さな手提げ金庫が入っていた。金庫の中には義父から譲られたゴルフの会員証や沙織に入らされた保険の証書などがあり、その一番下に通帳はあった。私は金庫から通帳だけを取り出すと、金庫をロッカーに戻し扉を閉めた。私はコピー機の前に立ち、最初のページから3冊全てをコピーした。

私はコピーした通帳をロッカーの金庫の中に戻した。その直後、階段を登る足音が聞こえてきた。事務室のドアが開く。入って来たのは近くに夫のお使いで出かけていた事務員だった。私は何食わぬ顔で自分のデスクに座っていた。私はもくもくと書類を作るふりをした。

G P S(1)

私は事務所を辞めた木村から電話を受けた。久しぶりに会いたいと言って、喫茶店で待ち合わせをした。木村は「奥さん、突然辞めることになってご迷惑おかけしました」と言ったが、私は「そんな、あれは所長のせいで木村さんは何一つ悪くはないじゃないですか」と返した。

木村は「実は事務所を辞めてから所長の噂をずいぶんと聞きまして」と言って、私が苦しんでいると思うと気が滅入ってしまうと言った。私も夫も大学を出てすぐに義父の設計事務所に入ったので、木村は長い付き合いだった。

私は「今はどうしてるんですか?所長」と聞いたところ、木村は「俊太郎さん家を出て不倫相手の女の家に転がり込んだみたいです。現在もそこで生活しているみたいです」と答えた。

木村は「出るとこに出てはっきりさせた方がいいんじゃないですか?悠人君だって美穂ちゃんだってもうすぐ受験でしょ?誰の目からどう見たって所長が悪いのは一目瞭然ですよ。出ると出ればどうやったって奥さんが負けるわけがない」と言ったが、私は「でも、法に訴えるにはそれなりの証拠がいるとネットにも書いてありました・・・」と答えた。

木村は「証拠か、証拠ってどんな?」と聞いたので、私は「夫が女と不倫している証拠です。具体的には、ホテルに入る写真とか動画とか。女の家に帰っているって証拠とか」と答えた。

木村は「GPSって知ってますか?今は安価でネットで購入できて、その人がどこにいるかパソコンで確認できるんですよ」と言ったが、私は「でもそれを買ったところで夫の車に付けなくちゃならないんですよね?事務所の窓から駐車場は丸見えです。私が夫の車の周りをうろうろしてたらいかにも怪しいですよね。いつどの窓から夫が見てるかわからない。私、夫がとても怖いんです」と答えた。

木村は「それなら俺が社員の誰かにやらせます。みんな所長の最近の横暴ぶりは知ってるし、奥さんに同情しています。だから協力してくれるはずです」と言ったが、私は「でも、そんなこと社員さんにやらせるわけにはいきません。もし夫に見られたらその人が大変なことになる」と答えた。

木村は「そんなこと言ってる場合ですか?奥さんもっと強くならなきゃだめだ。あの社長相手にきれいごと言ってたら勝てませんよ。まして所長の後ろにはあの父親がついてるんだから。もし奥さんがやる気になったら連絡ください。俺たちはいつでも協力します」と言って帰っていった。

私は木村の言う通りだと考え、子供達が寝静まったリビングで一人GPSなるものを検索した。買うと高価だがレンタルもあると書いてあるので、私は思いきってレンタルGPSを申し込んだのだった。

真っ赤な口紅

私は木村に電話をした。GPSが届いたことを伝えると、木村は「奥さん、いいんです。私のほうからやると言ったんです。もうそれ以上はなにも言わないでください。あとは私がちゃんとやります」と言った。翌日、社員の鈴木が夫の車の下にマグネット式のGPSを取り付けてくれた。

私は借りたGPSは車の下にマグネットで固定するもので、三日ごとに電池を充電しなければならない。定期的に取り外しが必要だ。事務所の窓から見える駐車場で誰かが夫の車になにかしているのをもし夫に見られたら、GPSは容易に夫に発見されてしまう。

鈴木が私に言った。「奥さん、実はちょっと前から奥さんに言おうか迷ってたことがあるんですが」と言って、「僕が毎朝食堂の灰皿を掃除してるんですけど。ちょくちょく真っ赤な口紅がついたタバコの吸い殻が入ってるんですよね」と言った。

私は「真っ赤な口紅?」と聞き返した。鈴木は「はい、毎日じゃないけど三日に一回とか、週2回くらい。いつも同じ色味の口紅だから同じ人だと思うんですよね」と言った。

私は事務員はタバコは吸わないし、真っ赤な口紅など事務所に付けてきてはいないことはみんな知っている。ではだれ?やはり沙織しかいないのか。いや、でもそんなことするだろうか。

私は私のパソコンの履歴を開いてみた。「男が喜ぶ誕生日にふるまう手料理TOP10」、「男が喜ぶサプライズプレゼント」、「アラフィフ 流行 エンゲージリング」、「最短離婚の方法」という検索履歴があった。5月1日は夫の誕生日。そしてその日はもうすぐだ。

私は女は私のいない時間に事務所に来て、私のデスクに座り、私が使うパソコンを使っていたのだと気付いた。私のパソコンの縁には大事なことを事細かくメモったふせんがぐるりと張り付いている。そんな文字を女はどんな気持ちで見ているのだろう。

私は気持ち悪いと思った。なにもかも全てに女の痕跡が残っているようで私は吐き気がした。そして女は私に早く気付けと食堂に真っ赤な口紅の付いたタバコの吸い殻をわざと残していたのだろうか。

私はもう無理だと思った。もうここには来たくない。もう二度とここには来れない。もう終わりだ。私は見事に女の思惑通り、これっきり事務所に行くことは二度となかった。

そう言えばあの女が夫に言っていたっけ。「大丈夫、美咲は痛めつければ自然と自分から逃げ出すから大丈夫」と。まさにその通りになったのだ。

G P S(2)

私は夫に裏切られ、義父母に裏切られ、女の思惑通り、事務所にも行けなくなった。私は自分自身に問いかけた。なぜ私の身にこんな事が起きたのか。それはきっと私がダメな人間だからだろう。私は人として生きる自信のひとかけらもない。

私はベッドの上でそんなことを考えた。そんなどん底の私に容赦なく、子供達との朝は今日も来た。私は珍しくパジャマのままキッチンに立っていた。朝食とお弁当を作り、子供達を送り出す。私の変化に子供達が気が付かないはずがない。しかし今の私にはそれで精一杯だった。

8時15分。いつもなら事務所に着いている時間。もう欠勤の電話をする気もない。二度と事務所には行かないと決めたのだから。いや、行かないのではない、行けないのだ。父の設計事務所に入って20年、初めての無断欠勤だった。

私は安定剤を飲み込むと、その日私は夕方までベットの上で廃人になった。もうなにも考えることが出来なかった。いつの間にか眠りに落ちた私が目を覚ますと、もう窓の外は薄暗く隣の公園の桜のライトアップが優しく照らしている。

子供達が帰ってくる。こんな姿を今見られるわけにはいかない。悠人も美穂も受験までもう10カ月しかないのだから。そんな人生の大事な時期に彼等の心を乱したりできない。そう思うと私は正気に戻れた。

私は急いで着替えると髪を整えチッキンに立つ。今日はみんなの好きな唐揚げとポテトサラダを作ろう。ジュージューと揚げる油の音と共にキッチンに唐揚げの匂いが広がり始めるころ、次々と子供達が帰ってきた。なんでもない顔をしなければ。いつもの賑やかな夕食が始まった。

私は木村の言葉を思い出した。「GPSの取り付けは事務所の鈴木がやりますから。あとは自宅のパソコンから奥さんは好きな時間に所長がどこにいるか見れますから。」私はパソコンにインストールしたGPSの追跡アプリを開いた。そこには今日一日夫が移動した軌跡と時間が全部表示されている。

しかし、その日夫は朝8時に実家を出て事務所に向かい、夜8時に実家に帰宅していた。たまたま今日は実家に帰ったのか。これではなんの証拠にもならないばかりか、女の家には住んでいないという証明になってしまう。

翌日も、その翌日も、その翌日も結果は一緒だった。夫が沙織の家に行っていないことを嬉しいという気持ちはもうない。沙織の家には行っていないの?なぜ?夫と沙織に何が起きているのだろうか。

笑 顔

私は夫の車が沙織の家に帰ることを期待していた。しかし一週間経っても夫の車が沙織の家に帰ることはなかった。もしかして夫と女の間がうまくいかなくなったのか。もしかして夫は女の家を出て来たのでは。

私は夫が実家に帰るその答えは皮肉にも翌日の朝に私の目の前に突きつけられた。その日は学校行事で健二が朝早く学校に行かなければならなかった私は寝坊した健二を学校まで車で送った。その帰り、私が夫の実家の前の通りを走っていると途中から見覚えのある車が前に割り込んだ。それは沙織の車だった。

私は高鳴る鼓動を感じた。出勤にしては方向が違う。その時、ちょうど夫の実家の前を通り過ぎようとしたその時、沙織の車が路肩に寄せて停まった。少し距離をあけて走っていた私は沙織の車を追い越しざまに見た。沙織の車の助手席から夫が下りてきて運転席の沙織に笑顔で手を振る姿を。

私は夫の笑顔を見て、あんな風に笑うんだあの女の前では・・・。その笑顔の影で私や子供達が苦しんでいることなんてもはや夫はどうでもいいのだろう。その笑顔がしあわせそうでしあわせの絶頂にいますと言わんばかりで。

私は夫が実家のガレージに入っていった。その後、どこをどうやって私は家に帰ってきたのかを思い出せない。女の家は畑の中に一軒ぽつんとあった。その家にいつも夫の車があれば目立つ。夫は仕事が終わると義父の家に車を置き迎えに来た沙織の車で沙織の家に帰る。朝は沙織に送られ実家に立ち寄りそこから自分の車で出社していたらしい。

私は夫のあの満面の笑みを見た。それはその女以外何も見えなくなった恋する男の顔。離婚してからならそれも当然ありでしょう。離婚して保障して新たな恋をして同居して……。その順番なら何の問題もありません。だけどね、今はそれは恋愛ではありません。あなたたちが思っているような純愛ではありません。それは不倫という名の人の心を殺す悪事です。

沙織の名字(1)

私は事務所を無断欠勤し10日が過ぎた。以前なら一日でも休めば夫から催促の電話が来た。私がいないとわからないこと、私しかできないことがたくさんあったからだ。しかし今回は夫から電話が来ることはなかった。

私は夫にとって、浅井家にとって、完全な用無しになったのだ。誰だって人と戦いたくはない、人に憎まれたくはない、尾行だなんてしたくもない。でもその代わり、子供達が傷付けられてもいいのかと言われれば、けしてはいとは言えない。

今の私は、たとえ夫一族に憎まれたとしても、子供達を守らなければならない。戦わなければならないのだ。たった一人で。なにをどうしよう、なにから手を付けよう。弁護士に相談に行くにしても、私はまだ沙織の名字すら知らない。

どうすれば沙織の名字を調べられるのか。勤め先の保険会社では教えてくれるはずもない。訴えるにしてもなんにしても名字は必ずいる。一人悩みに悩んだ挙げ句、意外にも私は大胆な行動に出たのだった。

沙織の名字(2)

私は沙織という女の名字を知りたい。彼女は保険の外交員で、バツイチで母親と無職の息子と3人暮らしをしている。夫はその家に転がり込んでいる。私は子供のためならなんでもするという決意をしていた。私は沙織の家の前で車を停め、玄関のチャイムを押したが誰も出てこなかった。私は勇気を出して玄関の引き戸をノックした。

出て来たのは沙織の母親、順子だった。私はとっさに絶対に違うであろう名字を口にした。「関?はあ?何言ってんだいあんた。うちは西郷だよ!」沙織の母親はそう言った。私はそう言うと頭を下げて急いで車に戻り走り出したのだった。

私は沙織の名字は「西郷」だと知った。それを調べたのは私。やればできることもあるんだな。たったこれだけのことだけれどなんだか少し希望が持てるような気がした。少しだけ戦う勇気が持てた気がした。が、気がしただけだった。その後運転する両足が今更ながらガタガタと震えて止まらなかった。

私 の 母

私は子供の頃、母親がよく泣いていたことを覚えている。父親が亡くなってから、母親は兄や姉に頼って生きていた。私は母親の弱さを嫌いだった。母親は優しかったが、強くなければならないと思っていた。

今、私は夫との問題を抱えているが、子供達には一切相談していない。私は子供達の前では強くなくてはならないと思っている。これは私の幼少期のトラウマから来ているのだろう。

私は設計事務所に行かなくなって2週間になった。子供達には風邪を引いたと言ってあったが、本当の理由は話していない。ある休日の夕方、食卓を囲む4人で、私は笑顔で嘘の理由を話した。「お母さんちょっと体調悪くってずっと仕事休んでるじゃない?そしたらね、おじいちゃんが事務員さん雇ってくれたの。」

子供達は私の話を信じてくれた。私は嘘のうまい人間だったことを自分でも最近気が付い

弁護士へ(1)

私は沙織の名字がわかったものの、次にどうしていいのかわからなかった。私は弁護士に相談することにした。もっと早くそうしてもよかったが、今までそうしなかったのは、夫と私の離婚に加速が付き現実化しそうで怖かったのだ。

私は弁護士と会ったことがない。どうやって会えるのかすら知らない。地元の電話帳を見ると、弁護士の欄にはいくつかの弁護士事務所の名前が並ぶ。私は当てずっぽうで市内の一軒の弁護士事務所を選んだ。

電話をしてみると、簡単な受付だけで日時を指定され、何も持たずに当日事務所に来てもらえばいいからと言われた。料金は一時間5千円。予約日は翌日だった。

翌日予約時間のちょっと前、私はその弁護士事務所の前にいた。その弁護士事務所は自宅兼法律事務所になっていて、普通の一軒家だった。私は看板を見上げた後、事務所へと重い一歩を踏み入れた。この一歩が私の戦いへの一歩となったのだ。

弁護士へ(2)

私は弁護士事務所を訪ねた。緊張感を感じながら、弁護士に今までのいきさつを話した。弁護士は「旦那さんとその女を別れさせる行動を実際にはなにも起こしていないように思うがどうですか?」と言った。私は「確かに別れさせるために自分でなにか行動したということはありませんが…」と答えた。

弁護士は「別居して8カ月ですからね。なにか女に対して行動しないと暗に不倫を認めていることになりますよ。それは後々不利ですから」と言った。そして「女の家に乗り込んでください。女と直接対決してきてください。私の夫と別れろとはっきり言ってきてください」と提案した。

私は「無理です。先生、それは無理です。私、そんな勇気ありません」と言ったが、弁護士は「でも、このままだと奥さんも2人の不倫を認めていたことになってしまいます。だから行ってください」と強く言った。

私は弁護士の提案に驚いたが、法律の専門家がこんなに強く言うにはそれなりの理由があるのだろうと思った。私は「わかりました…ちょっと考えてみます」と言ったが、実際にはそんな恐ろしいことは私にはできそうにないと思っていた。

しかし、子供たちを守るためには私しかいないのに、このままなにもせず負けるのかと考えると、心の中の私が言った。「一人の女として俊太郎の妻として浅井家の嫁としての自分ならそんなことは怖くて絶対できない。けれど母としての自分ならどうだ?あの子たちのためなら私にできないことなど何一つないはず。」

私は女の家に単身乗り込むことを決めた。戦おう。不倫女と。私のこの手にある武器は「子供たちを守りたい」という強い思いただそれのみだ。

不倫女宅へ(1)

私は電気屋に行った。ICレコーダーを手に入れるために。店内をぐるぐると歩きまわったが、どこにあるのか見当もつかず、店員に声をかけた。「ICレコーダーですか?」と聞き返された私は、犯罪の道具でも買うような後ろめたく小さな声で返事をした。

店員は「どのような用途でお使いになりますか?」と聞いた。私は返事に口ごもったが、「会話を人との会話を録音したいので」と答えた。店員は「できれば目の前に出さなくても会話が拾えるものがいいんですが…」と聞き、レコーダーを紹介した。

私はICレコーダーを手に入れた後、説明書を読み、レコーダーのスイッチを入れてスカートのポケットに入れた。テレビの前に立って録音を確認したが、腰の位置では私の話は拾いにくかった。私は何度も練習をした後、胸に内ポケットのある上着を当日着ていくことに決めた。

女宅へ乗り込む準備が出来てから数日が過ぎていたが、単身、女の家へ乗り込むなんて決心が付くはずもなく、一人悶々としていた。得体の知れないその女、やせぎすで鋭い目の母親、そしてまだ見ぬ無職の息子。下手をすれば3対1で話をすることになるかもしれない。私はそんなことできっこないと思っていたが、突然にその日はやって来た。

不倫女宅へ(2)

私は突然、女の家に行く決心をした。朝食を終え、子供たちを送り出した後、私はICレコーダーを準備し、女の家へと向かった。車を止め、家の前に立つと、埃をかぶったチャイムのボタンを押したが、鳴らなかった。私はコツコツとノックすると、しわがれた女の声が聞こえた。

老女は私の顔は覚えていないらしく、怪訝そうに私を見た。私は自分のことを紹介し、沙織さんに会いたいと伝えた。老女は「今出かけている」と言ったが、私は沙織さんの車が見えることを指摘し、会うまで待つと伝えた。老女はしぶしぶ電話を取り、沙織に連絡した。

電話を切った後、老女は「沙織は明日会うと言っている」と伝えた。私はその約束を信じて帰ることにした。老女は私に「このままなら訴える」と脅し、私の旦那と私を訴えて慰謝料を取ると言った。

私は老女の言葉に驚いたが、静かに身を引いた。私は「明日10時に来ますから、約束は絶対に守ってくださいね」と伝え、車に乗り込んだ。車を走らせると、体がぶるぶると震えだした。私はベットに倒れ込み、体中が痛かった。

ふとカレンダーに目が行き、今日は私の父の命日だった。私は泣くだけ泣いた。明日は不倫女と対決する。

約束の日

私は昨夜、一睡もできなかった。今日は不倫女との直接対決の日だった。私は女と夫の住む家で戦うことになる。私は女に準備する時間を与えてしまったので、今日は強力な助っ人を呼んでいるかもしれない。私は一人で戦うことになるが、そんなことができるのかどうかはわからない。

私は朝、子供たちを送り出した後、身支度を調え、ICレコーダーを手にした。準備はできたが、私の心臓は苦しくなった。私は夫の不倫相手と直接対決することにしたが、こんなことしたくない。しかし、子供たちを守るにはこれしかない。

私は車に乗り込み、女の家へと向かった。途中でICレコーダーを上着に仕込み、女の家が見えるあたりまで来たが、車がないことに気づいた。私は急いで玄関に向かったが、誰もいない。私は夫に電話をしたが、「逃げたんだろ」とあっさりと言われた。

私は怒りに満ちて、「昨日あんなに約束したのに?大の大人が?あり得ない」と言った。夫は「自分たちで逃げたんだろ。俺もお前と沙織が直接話されるといろいろと困ることもあるしな」と言った。私は「逃げたって!どこに逃げたのよ!」と言ったが、電話は切れた。

私は昨日の母親の言葉を思い出し、嘘つきじゃないと言ったが、家族揃って嘘つきだった。私は怒りで燃え、夫は私と沙織に自分に都合のいい嘘をついているから、二人で直接話されると困るのだろう。私はなんて浅はかな行動だと思った。

女宅へ再び

私は弁護士に電話をして、女と会うのは無理だと伝えた。弁護士は「諦めるのはご自由ですが、弁護士としては行って別れて欲しいというあなたの意思をその女性に伝えるべきだ」と言った。

私は夕食を終え、子供たちが寝た後、ベットの上で一息ついた。私はまた女の家に行かなければならないのかと思った。私は一昨日行った時のことを思い出し、鼓動が早くなった。

私は明日女宅に行くことを決めた。3度目の訪問。今度こそは女と話ができるまで帰らない覚悟。

その夜は眠れなかった。私は朝を迎え、子供たちを送り出すと、身支度を調えた。私はICレコーダーを手に車に乗り込んだ。今日は駐車場に女の車がある。

私は女が逃げないように、女の車の前に自分の車を横付けにし、玄関に向かった。すると車の音に気がついた女の母親が玄関先で私を待ち構えていた。

「あんたまた来たんか!俊太郎には二度と来させるなって言っておいたのに!」と母親は金切り声をあげた。その時私の中の何かが切れた。

私は「迷惑?こっちの方がよっぽど迷惑です。自分の娘が不倫して妻子ある男を家に引っ張り込んで一緒に住んでるなんてあなた恥ずかしくないんですか?」と言った。

母親はちょっとだけたじろいだ。「この前は逃げられましたが今日は何時になっても沙織さんに会うまでは絶対に帰りませんからね。覚悟してください」と私は言った。

母親は「警察呼ぶから!」と言ったが、私は「どうぞ。私も警察に立ち合ってもらえたらかえって助かります」と言った。

母親は言葉に詰まる。「お前何様なんだよ!自分の立場もわきまえないで。捨てられた女は黙って消えりゃいいんだよ」と言った。

私は「私だってこんなことしたくないですよ。だけど3人も子供がいるのに碌な話し合いもしないではいそうですかなんて離婚できるわけないじゃないですか」と言った。

母親は「しるかそんなこと!」と言ったが、私は「私、沙織さんに掴みかかったりそんなことはしないんで話をさせてください!」と言った。

母親は「うるさいよ!ようし、こうなったら俊太郎も義父もみんな呼んで全員で話し合いだ!」と言った。

私は女と話ができるのであればそれもしかたがないと、促されるまま義父の携帯に電話した。

修 羅 場

私は沙織の母親から思いもよらない言葉を聞いた。「今すぐ義父に電話しろ!浅井家全員、雁首そろえろ!」と言われた私は、女と話ができるのであればそれもしかたがないと、促されるまま義父の携帯に電話した。

義父は「は?なんだって?お前何しに行ってるんだ!」と言ったが、隣にいた女の母親が私の手から携帯を取り上げた。「今ねお宅の嫁がうちに来てるんだけど。迷惑なんだよね、何度も何度も。非常識も良いとこだよ」と母親は言った。

母親は「場所と時間そちらで決めてもらえませんか?」と言ったが、義父は「明日?」と言った。母親は「明日なんかじゃだめだよ!明日じゃなく今日!今日だよ!」と言った。

私はうちの大事な孫という言葉に気づいた。自分の孫は守るんだ。他人の子供は傷つけても自分の孫は守るんだ。でも内心は自分の娘がしでかしたこと体裁が悪いとは思ってるんだな。

場所と時間が決まったら私にも追って電話が来ることになった。私はいったん帰って連絡を待つ。いよいよ沙織と直接対決の時が来た。それは今夜・・・・。

私は絶対に負けない。負けるわけにはいかない。まだ父親の真実を知らない子供たちの無邪気な笑顔が浮かんだ。

その連絡は意外に早く来た。夕方の6時に義父の友人である市議会議員の事務所に来いとのことだった。私は急いで冷蔵庫にあるもので夕食を作り3人に置き手紙をした。

私は沙織と母親、俊太郎と義父、そして私の5人での話し合いになるのであろう。沙織と二人でするよりもいっそそのほうが手間が省けるかもしれない。

私は今夜、この1年あまり私を苦しめ続けた見えない敵に初めて会う。定刻まであと1時間。沙織は今頃夫と母親と私をやり込める作戦を立てているに違いない。

私は孤独だった。怖かった。こんな修羅場はごめんだ。しかし、現実の時間はどんどんと私を対決の場へと運んでいく。

私は沙織も母親も義父も人の親。子供がかわいい気持ちはきっと誰もが同じはず。私から離婚するにしても子供たちを傷つけたくないことを誠意を持って話せばあるいは理解してくれる部分もあるかもしれない。

私はICレコーダーを手に車に乗った。初めて訪れる市議会議員の事務所。私はその事務所の電話番号をナビに入れアクセルを踏んだ。

神様どうか私を守ってください。お願いします。

サンドバック

私は初めて行く市議会議員の事務所に車を停めた。そこが私の決戦の場所。私はICレコーダーをONにすると上着の内ポケットに入れた。インターホンを押す手が震えた。

「はい、少々お待ちください」と事務員らしき人の声。意外にもドアを開けてくれたのは私の古くからのママ友だった。彼女は長男のサッカー部の保護者の中の一人で、長男が小学生の時から試合の場でよく顔を合わせていた。

私は案内された一室の前で一つ大きく息をした。ガクガクと震える体。ドアを開けるとそこには異様な光景が広がっていた。「美咲さんですね。さあこちらに座って」と入り口で立ち尽くす私をそう促したのは年配の議員だった。

私は真ん中の席に座らされた。その私の目の前に並んでいたのは俊太郎、義父、女の母親、女の叔父、女の叔母、沙織の兄だった。「…すみません。沙織さんは」と沙織がいないことに気がついた私は目の前に並ぶ6人に向かってそう聞いた。

それに答えたのは沙織の母親。「あら、こんな修羅場になんかかわいそうであの子は連れて来れないわよ」と母親は言った。私は「沙織さん、来ないんですか?」と聞いたが、「あなたが非常識にうちに乗り込んできたことだけでもずいぶんと傷付いてるのに」と母親は言った。

私は騙されたのか。私の顔色をうかがうように市議会議員が言った。「まあせっかくこうやって集まったんだから少しお話ししませんか、美咲さん。みんな時間を作って来てるんだから。ね?」

私は「私は沙織さんと話がしたいって言ったんです。そもそも沙織さんは私と話すって約束したじゃないですか」と言った。しかし私の言葉は誰一人聞いていないようだ。

市議会議員は「まずね事の成り行きを私にお話しいただけませんか?」と言った。私はここまでのいきさつを全部話した。夫が保険の外交員である沙織と不倫の仲になったこと、夫が何の話合いもせず一方的に家を出たこと、など。

夫は子供のようなすねた顔で横を向いて頷いた。女の母親は「でもね!俊太郎さんと沙織の間には愛があるんですよ。真実の愛がね」と言った。

私は「愛があれば他人を傷つけてもいいんですか?愛があれば何の罪もない人様の子供を苦しめても悪くないって言うんですか?」と言った。消え入るような声だが私の精一杯の抵抗。

私は「私はあなたたちと話したいんじゃない。この件の当事者同士で沙織さんと話したいんです」と言った。議員だけが頷いた。

義父は「この嫁はねぇうちに嫁に来た頃からなんにも役に立たなくってね。ダメな嫁なんですよ」と言った。私はこれから2時間近くこの人たちの言葉の暴力によってつるし上げにされた。

私はただのサンドバックと化した。ただただ滅多打ちにされるがままの私にはもう果たして狂っているのがどっちなのか敵なのか私なのかわからなくなっていった。

言葉の暴力を受けながらみんながこんなに私を悪く言うのだから私はおそらく生きている価値すらないんだろうそう思った。

私の脳裏に子供達の顔が浮かんだ。ごめんね。あなたたちを守りたかったのに。弱いお母さんでごめんね。

言いたい放題あること無いこと暴言という言葉の剣でめった刺しにされた私の心からはどくどくと血が流れた。だれもそれを止める人もその血をぬぐってくれる人もここにはいない。

2時間も経った頃だった。さすがに見かねた議員の「今日はこれくらいで美咲さんももうお疲れでしょうから」という言葉で私の吊し上げはお開きとなった。

私の目の前で義父と女の身内はお互いに笑顔で挨拶を交わし、それぞれに帰って行った。もうその部屋には私など存在していないかのようだった。

ぼろぼろの私はそこから立ち上がれないでいた。もう抜け殻だった。皆が帰った後議員が私の前に座った。「私はあなたのお義父さんの友達です。だから先ほどはなにも言えませんでした。でもね、あなたの言ったことは何一つ間違っていない」と議員は言った。

私は突然心をこの手に取り戻したように我に返り、ぼろぼろと泣いた。議員は「私はあなたのお義父さんの友達です。だから先ほどはなにも言えませんでした。でもね、あなたの言ったことは何一つ間違っていない」と私をなだめるように見つめた。

私は「先生・・私どうしたらいいんでしょうか」と聞いた。議員は「あなたは戦わなければならない。世の中にはきちんと不倫したことの責任を取ってから離婚する人もいる。でも俊太郎さんはどうもそうじゃないらしい」と言った。

私は泣きじゃくりながら頷いた。議員は「戦いは楽じゃないけどきっと勝てる。これはお義父さんの友人とか議員とかそんなことどうでもよくて一個人、人間として言っているんだ」と言った。

私は「先生…私守れますか?」と聞いた。議員は「戦いは楽じゃないけどきっと勝てる。これはお義父さんの友人とか議員とかそんなことどうでもよくて一個人、人間として言っているんだ」と言った。

議員は「それからね俊太郎さんは愛人を作ることでこれからは二つの家庭を養っていく責任ができたことに気付いていない。でもそれは実は大変な事なんだよ」と言った。

私は「ありがとうございます。ありがとうございます」と言った。議員は「なにかあったらいつでも相談に来なさい。もちろんお義父さんに内緒でね」と言った。

議員は最後に「美咲さん設計事務所まで潰しては駄目だよ」と言った。聞き流した最後の一言がどんな意味なのかその時は全く考える余裕が無かった。

私は何度も頭を下げてその事務所を後にした。もちろん私がその後その事務所に相談に来ることは一度もなかった。しかし、この事務所に来たことは今後の私の長い戦いにとってとても大きな意味があったことを私は後に知るのだ。

弁護士探し(1)

私は市会議員の事務所での一件以来、しばらくなにも考えられず、なにもする気になれなかった。私はあそこで人としての尊厳をズタボロにされた。昼はことあるごとにあの日のフラッシュバックに苦しみ、夜は吊るし上げにあった悪夢を見て目が覚めた。

今日は心療内科の受診の日。診察が終わるとカウンセリングが始まった。「そんなことがあったの。酷すぎて言葉がないね…」と看護師さんは言った。

私は「弁護士さんに報告に行かなくてはならないんですけど、なかなかそんな気力が湧かなくて」と言った。看護師さんは「浅井さん、弁護士さんってどんな方に頼まれてるの?市内の方?」と聞いた。

私は「はい。まだ正式に依頼はしてませんけど。打ち合わせとか遠くの弁護士さんだと行くの大変なんで近くの弁護士さんにこのままお願いしようかと思ってます」と答えた。

看護師さんは「ちょっと待って。余計なこというけどごめんね。市内の弁護士さんは私は止めた方がいいと思う」と言った。「どうしてですか?」と私は聞いた。

看護師さんは「市内ってことは浅井家の父親と面識があるかもしれない。経営者だったわけだからいろんな集まりとかでその弁護士と知り合いってこともあるかもしれない。知り合いの知り合いとかね」と説明した。

私は「なるほど、そうですよね確かにあるかもしれません」と言った。看護師さんは「私の親戚が裁判所にいるんだけど結構あるみたいなの。裏の駆け引きが弁護士さん同士で」と言った。

私は「もし浅井さんの弁護士が実は旦那さんの父親の知り合いでかげで取引なんかされたらどうする?そういう意味でも弁護士さんは市内じゃなくてできるだけ遠くの人を選んだ方が絶対いい」と言われて、そこまで頭が回っていなかったことに気づいた。

私は泣いた。あんな目に合ったのにこんなに良くしてくれる人も私の周りにいるんだと思うだけで嬉しかった。

私はいつまでも落ち込んでいられない。弁護士を決めなくちゃなにも始まらない。私は早急に他の市から弁護士を決めることにした。

私は打ちのめされても打ちのめされても何回でも立ち上がる。本当は立ち上がりたくなんかない。でも立ち上がらないわけにはいかない。子供達の生活を将来を守り切るまでは。

私には落ち込んでいる暇なんてないのだ。

弁護士探し(2)

私は平日の夜、長男の高校のサッカー部の保護者会に来ていた。会が終わり、駐車場に向かって一人歩いていると、後ろから声をかけられた。市議会議員の事務所で会ったママ友だった。

「ねえ、大丈夫?大変だったね!あれから事情は議員から聞いたよ」と彼女は言った。「そう…ひどいもんでしょ」と私は答えた。

「うん。ひどすぎる。あの大人しそうで真面目そうだった旦那さんがなんか別人の話みたいだね。正直私も驚いた。私にできることがあればなんだけど」と彼女は言った。

私は「一つ聞いていい?いい弁護士ってどうやって探すのかな。私、早急に見つけないといけないんだ」と聞いた。彼女はしらく考え込んでいた。

「私もよくわかんないけどうちでお願いしてる司法書士さんに内緒で聞いてみようか?私結構仲良しなんだ。もちろん浅井さんの名前は出さないから安心して」と彼女は言った。

私は「ほんとに?ありがとう。助かる。法律家とか。私そういう知り合い誰もいないもんだから」と答えた。

彼女は「わかった!まかせといて」と言った。孤独な私にはどんな助けも有り難い。

そしてそのママ友から電話が来たのはそれから2日後のことだった。「勝手に悪かったんだけどうちの市議会議員に話してみたの。美咲さんに弁護士の探し方聞かれたって。そしたら美咲さんの役に立つならって議員が司法書士に話通してくれて」と彼女は言った。

私は「ありがとう」と答えた。

彼女は「美咲さん、私司法書士に聞いたこと言うからね。いい?まずは司法書士会の会長さんにアポを取って会いに行って。弁護士会だといろんな利害関係があって純粋にいい弁護士を紹介してもらえない可能性があるから」と説明した。

私は「わかった。ありがとう。やってみる。本当にありがとう」と答えた。

もし義父が話合いの場をあの議員事務所にしていなければ。もしこのママ友とあの事務所でばったり会っていなければ。今の結果は生れていない。この司法書士の助言が後の私の人生を大きく変えることになるとは私はこのときはまだ知らない。

弁護士探し(3)

私は早速、司法書士会の会長をネットで検索し電話をした。「もしもし。実は弁護士さんをご紹介いただきたいのですが」と私は言った。

会長は「はい。どちらかからのご紹介でしょうか」と聞いた。私は「いえ、あの、紹介ではなくてネットで検索していたら出て来たので電話をしています」と答えた。

会長は「わかりました。空いている日をお調べしますね」と言った。もちろん市会議員の名前も司法書士の名前も口にしない。

意外にも2日後に会ってもらえることになった。市会議員の先生の言葉が頭の中で何度もリピートする。「いい弁護士に巡り会えるかどうかで勝敗はほぼ決まる」という言葉だった。

今の私は司法書士会の会長さんに全てを託くすしかない。正直夫とやり直す気はない。だからといって離婚する勇気もない。情けないが怖いのだ。

しかし私の気持ちは置き去りにいよいよ事が大きく動き出す。私がもっとも望まない方向へと。

約束の日私は車で2時間かけて隣市の司法書士会の会長の事務所に向かった。会長とはいったいどんな人だろう。会長ともあろう方が私なんかの話を聞いてくれるのだろうか。うちの不倫の話など相談してもいいのだろうか。

不安が募る。

司法書士事務所に着くと出迎えてくださった会長は思っていたよりずいぶん若くそして気さくな感じの人だった。

「お電話致しました浅井美咲と申します。宜しくお願い致します…」と私は深々と頭を下げた。

「遠いところ大変でしたね。よく来てくださいました。まずはお話しをお聞かせくださいね」と会長は言った。

会長の優しい顔になんだかほっとした私は今までのいきさつを全部話した。

「ずいぶんとひどい目に合われましたね。さぞおつらかったとお察しします。それにお子さんたちのことも心配ですよね。弁護士の先生は私に任せてください」と会長は言った。

「紹介してくださるんですか?」と私は聞いた。

「もちろんです。浅井さんに合った弁護士さんをご紹介させていただきますね」と会長は言った。

そう言うと会長は分厚い弁護士名簿を手に私の真向かいに座った。

「まず不倫問題や離婚問題に明るい弁護士がいいですね。それから話しをよく聞いてくれる弁護士であること。出身地が浅井さんがお住まいのところじゃないほうがいい。あとは浅井さんの市に赴任したこともない弁護士の方がいいですね。とにかく浅井家の方と接点があるかもしれない先生は全部さけましょう」と会長は説明した。

私は「先生。たとえばですが…私が選んだ弁護士さんが義父の知り合いだったとして忖度とか、裏でどうこうとかという危険性は本当にあるんでしょうか」と聞いた。

「それは僕の立場として回答は難しいんですが。浅井さんのことを思って話すとすればあるでしょうね。だからその可能性のありそうな弁護士は全部省きましょう」と会長は言った。

あるのか。何も知らずにあのまま市内の近場から適当に弁護士を選んでいたらあるいはとんでもないことになっていたかもしれない。職業柄義父は顔が広いのだ。

会長はメモを取りながら何度も何度も名簿をめくっては戻しめくっては戻しした。

一時間も経つ頃「やはり佐藤愛子先生が一番適任でしょう」と会長は結論を出した。

「この先生は佐藤愛子先生という女性の弁護士さんです。お子さんもいらっしゃる方です。お話しをじっくり聞いてくださるし非常にやり手の先生ですから安心して大丈夫ですよ」と会長は説明した。

佐藤弁護士は40代後半でご結婚もされておりお子さんも2人いる弁護士だった。

会長は佐藤弁護士の住所と電話番号をメモした紙をくださった。

「はい。それではこの弁護士さんにお願いすることにします。今日は本当にありがとうございました。本当に助かりました」と私は立ち上がった。

「浅井さん、ちょっと待って。佐藤弁護士に電話してみるから」と会長はそう言うと早速受話器を手に取った。

「あ、佐藤先生ご無沙汰致しております。実はうちの大事なお客様なんですが是非とも沙織先生にお願いしたいと思いまして。今うちの事務所にいらしているんですが」と会長は電話の向こうの弁護士に頭を下げた。

「浅井さん今から佐藤先生の所に行けますか?今だと時間が空いていると佐藤先生が仰ってるんです。車で10分くらいのところですが」と会長は聞いた。

「はい。もちろんです。お伺いします」と私はすかさず返答した。

「佐藤先生、今からそちらに伺うとのことでしたので。浅井さんという方です。くれぐれもどうか宜しくお願い致します」と会長は電話の向こうの弁護士に頭を下げた。

その日初めて会った私のために。

「浅井さんそれでは場所をお教えするのでこのまま先生の所に行ってください。先生、お待ちしていると言うことでしたので」と会長は言った。

もう時間は夕方6時を回り辺りは真っ暗だった。

まさか今日中に弁護士にまで会えるとは。

「会長さんなにからなにまで本当にお世話になりましてありがとうございました。このご恩は忘れません」と私はお礼を言った。

私は支払いをしようと財布を出した。会長さんの事務所のホームページには相談料一時間一万円と書いてあった。

そんな私を見た会長さんは優しい顔で言った。

「浅井さんあなたはこれからの戦いでたくさんお金が必要になると思う。だからうちの分はいただきません。そちらで使ってください」

「よろしいんですか?」と私は聞いた。相談時間はゆうに2時間を超えていた。

「大丈夫です!負けないで頑張ってください」と会長は言った。

そう言って司法書士会の会長さんは私を見送ってくれた。

こんな人もいるんだ…世の中こんないい人もいるんだった。

私は吊し上げにあった一件以来そんなことも忘れていた。

涙が溢れた。

そして暗い見知らぬ街の中を私は佐藤愛子弁護士事務所に向かった。

私にとってそれは一生忘れられない運命の出会いだった。

出 会 い

私は司法書士会会長の事務所を出ると、もう真っ暗になっていた。ナビを頼りに初めて走る道を佐藤愛子弁護士事務所に向かった。その弁護士事務所は街の中心部のビルにあった。

エレベーターに乗り5階で降りると、入り口に「佐藤愛子法律事務所」という看板があった。私はインターホンを押すと、若い事務員が迎えてくれた。

「司法書士の会長さんのご紹介でまいりました。浅井美咲と申します」と私は言った。

「はい。伺っております。さあどうぞお入りください」と事務員は言った。

入ってすぐ、事務室らしき部屋には机が4つあり、その部屋を通り抜け突き当たりのドアを開けると20畳ほどの広い部屋になっていた。部屋の一番奥に大きなデスクがあり、そこに佐藤愛子弁護士がいた。

私が入って行くなり、佐藤愛子先生は立ち上がり私に歩み寄りながらこう言った。「弁護士の佐藤愛子です。浅井さんですね。お待ちしていました」

私は「初めまして私浅井美咲と申します。今日は突然すみません」と言った。

佐藤愛子先生は「隣市からいらっしゃったんですって?遠くから大変でしたね」と言った。そして私の背中に手を回し優しく触れた。その手の温かさを背中で感じた途端、私の目から涙が止めどもなく流れた。

私は今に至るまでの出来事を事細かに話をした。メモを取っていた先生が私の話が終わると言った。「浅井さん、ここまでずいぶん頑張られたんですね。どんなにおつらかったか。並大抵の事じゃなかったですよね。これからは私と一緒に頑張りましょう。お子さん達を守れるのはあなただけです。だからもう一踏ん張り頑張りましょう。もちろん私も頑張りますから」

私は泣いた。この1年、子供の耳に入ることを恐れ、夫の不倫問題を誰にも相談せず一人で悩み、一人で苦しみ一人で戦ってきた。困難を前に孤独であることの恐ろしさを私はこの1年で思い知った。

やっとその孤独から解放される。暗闇に光が射したようだった。このとき先生は私の戦いを援護射撃してくれる唯一の味方になった。なんでも包み隠さず話せる唯一の人になった。

私は「先生、どうぞどうぞよろしくお願いします。私頑張りますからよろしくお願いします!」と心から頭を下げた。

佐藤弁護士は「わかりました。一緒に頑張りましょう」と言った。

そして「まず始めにお聞きしますね。美咲さんは離婚はどう考えていらっしゃいますか?」と聞いた。

私はどう返答したらいいかわからなかった。

「美咲さん、私はあなたの味方です。私の前では良いことも悪いこともどんなことでも気軽に気持ちを話していただいて大丈夫ですよ」と先生は言った。

私は「ずっと離婚はしたくありませんでした。子供達のためにも、自分のためにも。でも先生…ここまでのことをされて正直今からやり直すことはもう難しいと思います」と言った。

先生は頷いた。「だからといってこのまま先方の望むまま離婚してもいいものか。悔しい気持ちもあるんです」と私は言った。

「それはそうでしょう。なにも先方の要求通りに離婚なんてする必要はありませんよ」と先生は言った。

私は「でも夫に私とやっていく意思がもうないのだから私がいくら拒否したところで…」と言った。

先生は「美咲さん、一つだけ覚えておいてくださいね。いくら向こうが離婚を求めてきても離婚を決めるのはあなたです。向こうに決定権はありません。あなたに決定権があるということ忘れないでくださいね」と言った。

私は目から鱗だった。私は夫も義父も女も怖かった。とてもとても、恐ろしかった。よってたかって容赦なく離婚を押しつけられいつ離婚になるか怖かった。まるで先方が上位に立っているかのような錯覚に陥っていた。

でも違うんだ。離婚の決定権は私にあるのか。そうなんだ。

私は「先生、よくわかりました。私、このままではなにも話もしないまますぐにでも離婚になってしまうんじゃないかと心配していました。私にじっくり考える時間があるなんて思ってもいませんでした。ありがとうございました」と言った。

そして「夫からも義父からも女からも離婚離婚と迫られていますが今すぐ離婚しなくていいんですね?私のタイミングで私が決めていいってことですよね?」と聞いた。

先生は「そうです。その通りです。だからあまり悲観したりしないでください」と言った。

私は「先生、ありがとうございました」と言った。

取りあえず私の案件をお引き受けいただくことだけ約束して、その日は帰ることになった。

先生は「困ったことが起きたとか先方がなにか言ってきたらすぐにご連絡くださいね。大丈夫ですから。美咲さんならきっと戦えます。ここまで一人で頑張ってきたんだもの。これからは二人で頑張りましょう」と言った。

私は佐藤弁護士事務所を後にした。弁護士事務所から出てきたのはもう夜の8時を回っていた。来た時の私とは別人のように私は先生から力をもらい前を向いていた。

5つの穴

私の家の壁には、5つの穴が空いていた。夫婦の寝室に3つ、リビングに1つ、廊下に1つ。穴はタペストリーだのカレンダーで隠してはあるが、あるべき位置でないところにカレンダーがあったりするから、余計に目立つ。

その5つの穴は全て、夫が不倫を始めてから怒りに任せてあけた穴だった。当時その怒りの原因がわからなかった私は、それをやられる度にひどく苦しんだ。

私たちはこつこつと貯金を貯め、ローンを払い、苦労して夫婦で建てた家族の家だった。そこで子供たちは大きくなり、家族の思い出の詰まった家だった。私には大事な家だったが、夫にとっては私への苛立ちをぶつけるただの物でしかなかった。

ある日の夜、リビングに降りてきた悠人が私に言った。「お母さん、そろそろ壁直さない?俺がこの家にいるうちに」

私は「そうだね…そうだよね。直そうね」と言った。

悠人は「全部直して心機一転だよ」と言った。

私は翌日、業者に連絡をした。その業者は事務所もお世話になっている馴染みの業者だった。早速担当の菅原さんが家に来た。

菅原さんは「奥さん、こりゃひどいね。やったのは所長だろ。こりゃあんまりだ」と言った。

私は「なぜ所長がやったってわかったの?」と聞いた。

菅原さんは「そりゃあ噂になってるもの。所長が不倫しておかしくなったって。家族を置いて家を出たって。今じゃ顔つきまで別人だって。これ家出てく前に所長が暴れたんでしょ?」

私は恥ずかしい気持ちになった。

菅原さんは「奥さん、いろいろ大変だろ?請求書は設計事務所に持って行くから俺がうまく所長から取り立てるから心配すんな」と言った。

その後、家の壁の穴は全部無くなり、その上に貼られた壁紙は私と子供たちが選んだ明るい色だった。家中がなんだか明るくなったようだった。

私は思いも寄らないいろんな人の力を借りて、この人生最大の困難を乗り越えて生きている。生きられている。

悠人は「壁紙変えたらなんだか前よりもずっと良い感じになったね!俺が大学行く前にできて良かった」と言って笑った。

 

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