義母への告白
義母は若い頃から夫の不貞に悩まされていた。だからこそ、私は最初に彼女に相談することにした。「はい、長谷川です」と、いつも通り優しい声が響いた。彼女の声を聞いた瞬間、涙が溢れた。
「香織さん?どうしたの?」と心配そうに問いかけられた。「実は、夫に親しい女性がいるかもしれなくて…」と告げると、義母は静かに私の話を聞いてくれた。「税理士の先生にも接待費のことを指摘されたんです。どうしたらいいかわからなくて…」
義母は「それが本当なら、あなたは何も悪くない。悪いのは彼だから」と励ましてくれた。彼女は自分も過去に夫の不貞に苦しんだ経験があることを教えてくれた。「女遊びは時間が解決してくれるから、大丈夫」とも言われ、少し心が軽くなった。
「子供たちのためにも、あなたは家と仕事を守って」と言われ、私は決意を新たにした。義母がそうやって乗り越えてきたことを思い出し、私も強くならなければと思った。
しかし、義父が夫を説得できるとは思えず、心が弱っている私はそのことに気づけなかった。何とか子供たちを守らなくては、という思いが私を突き動かしていた。いつかこの出来事を夫と笑って話せる日が来ると信じたかった。私たちにはそんな未来が待っていると、心のどこかで願っていた。
女 の 影
彼の異変に気づいてから半年が経った。北海道にも初夏の風が吹いてきた。私は義母の言葉通り、彼の変化を無視しながら、設計事務所に通い続け、家族を守っている。外から見れば臆病な女に映るだろうが、以前の穏やかな生活を取り戻すためには、これしか思いつかなかった。義母の経験を信じ、いつか元に戻れると願っている。
彼は相変わらず高級クラブ「リュクス」に通っている。ほぼ毎日深夜に帰宅し、ベッドで女性と連絡を取る。私が彼の不倫を疑っていることに気づいていないようだった。「そのライン、誰から?」と問いかけると、「社長仲間だよ」と返される。私は我慢できず、「女の人じゃないよね?」と聞いた。彼は「お前には関係ないだろ」と冷たく振り向いた。
私の存在は彼にとって取るに足らないものなのかもしれない。ラインの相手は、彼が既婚者であることを知っているはずなのに、なおも連絡を寄越す。午前三時、彼がやっと寝息を立て始め、私はその背中を見つめる。彼のぬくもりを感じたくて手を伸ばそうとするが、怖くてできない。彼と私の距離はますます遠くなっていた。
私は見えない敵意を抱くその女性の影に怯え、心の中で問いかける。「あなたは一体誰なの?私が何をしたの?」お願いだから、夫の前から消えてほしい。この事実に子供たちが気づく前に。
目撃者(1)
夫が不在の設計事務所に来客があった。取引先の建設会社の佐藤社長だった。あいさつを済ませ、私が運んだコーヒーを一口飲むと、佐藤社長が思いもよらぬことを話し始めた。「美咲さん、言いづらいことなんだが…」と切り出す。彼が続けて言ったのは、先日飲み屋街で夫を見かけたということだった。
その飲み屋街には行ったことがなく、女性がいる店がたくさんあると聞き、私は嫌な予感を抱いた。夫が通い詰める「ドルチェ」もその近くにあるからだ。社長は続けた。「午前二時頃、夫の車が代行車を呼んで帰るところを見かけて、同じ店から出てきた女性と一緒に乗り込むのを見たんだ。」私の心は急速に冷えた。
「その時の様子が、どうも初めてじゃないように見えた…」と、佐藤社長が言った瞬間、私はめまいがした。知らなかった夫の一面。夫は毎晩そうしていたのか。社長は続けて、その女性が中年で、見た目からして普通の主婦ではないと説明した。ショックで顔をうつむけることしかできなかった。
「ごめんな、こんな嫌な話を。でも他にも同じようなことを聞いている人がいるんだ。」その言葉に私は動揺した。夫と女性が街中で買い物をしている姿を見た人が何人もいるという。小さな街だから、噂はすぐに広まる。夫はそのことを気にせず、恋人のように振る舞っているのだ。
そんな状況を聞かされ、私の心には不安が募った。夫はどこかの女性と不倫していること、毎晩のように会っていること、さらには人目をはばからずにその姿を見られていること。私や子供たちが暮らすこの小さな街で、夫の不倫は私の想像をはるかに超えていた。
目撃者(2)
夫の不倫の現実は、私の想像をはるかに超えていた。
「美咲さん、大丈夫か?こんな話をして申し訳ない。でも、目に余る状況だから、単なる火遊びとは思えなくて。早めに知らせておかないとと思ったんだ。本当にすまない。」
「いえ、そんな…こちらこそ、言いづらい話を教えていただいて。」
私はようやく口を開き、夫とその女性が出てきた店の名前を尋ねた。
やはり、その店はあの「ドルチェ」だった。夫はそこで女性と会っていたのだ。
夕方、会社を出た私は一人、駅裏の飲み屋街の駐車場に立っていた。この時間では店が開いているはずもない。しかし、何かに背中を押されるように、車を降りてその店へ向かい始めた。
そのクラブは飲み屋街の中心にあるビルの4階にあった。やはり店は開いていない。私は立ち止まり、店の看板を見上げた。夜にはネオンが輝き、人々を惹きつけるその場所も、今の私には恐ろしい魔物の巣窟のように感じられた。
ここで夫は毎晩のように…。夫と女性の姿が脳裏に浮かび、ふいに息が詰まる思いがした。
ビルの前で開店準備をしているボーイ姿の細身の男性が、私の様子を不審そうに見つめていた。彼の視線を避けるように、その場を離れた。息を切らしながら車に向かうと、後ろから嘲笑するような女性の高笑いが聞こえてくるようで、私は足を速めた。
夫が毎晩会っている女性は、「ドルチェ」のホステスなのだろうか。年齢から考えると、その店の経営者、つまりママなのだろうか。
友からの電話(1)
大学時代の先輩から、久しぶりに家に電話があった。彼は私と夫の出会いから結婚、そして今までのすべてを見てきた人物だ。
「美咲、久しぶりだな。携帯を失くしちゃって、二人の番号を教えてほしくてかけたんだ」と懐かしい声が響く。彼の声に、一瞬で心が温かくなる。
「美咲?泣いてるのか?何があった?」と心配する先輩に、私たちの家で起きた出来事を打ち明けた。
「まさか、あの俊太郎が不倫なんて。驚いたよ。それで、話し合ったのか?」と聞かれ、私は答えた。「一度は否定したけど、怒鳴るばかりで話にならない…」
「そうか、じゃあ俺がちょっと調べてみる。あまり心配するなよ。大げさなことじゃなくて、一時の遊びかもしれない」と先輩は言った。
彼は人脈が広く、誰にでも優しい。藁にもすがる思いで、「お願い、先輩には話さないで。知ったらまた怒られる」と頼んだ。
「大丈夫、信じて待ってて。美咲、落ち込むなよ。子供たちもいるんだから、しっかりしないと」と励まされた。
20年経っても変わらない友情に感謝し、先輩からの2度目の電話があったのは、それから一週間後のことだった。
友からの電話(2)
一週間後、私は再び先輩からの電話を受けた。
「美咲、言いにくいんだけどね…」
「はい…」
「俊太郎のやつ、やっぱり不倫しているらしい」
彼の声はいつもとは違い、深刻だった。
「そうか…やっぱりそうだったんだね。私が心配していた通りだったんだ…」
私は泣いた。一週間、何かの誤解であってほしいと一縷の望みを持ちながら過ごしていた。
「相手の女、沙織って名前らしい」
「沙織…」
夫の周囲や取引先でも聞いたことのない名前だった。
「名字まではわからないが、彼女は俊太郎より5歳年上、50歳だ」
その年齢差を聞いて、さらに驚きを隠せなかった。
彼女は生命保険会社で働いていて、最近まで大阪に住んでいたそうだ。そして離婚し、
北海道に戻ってきたという話だった。
夫がその女性と週末も過ごしていたことを知り、私の心は徐々に絶望へと変わっていった。
友からの電話(3)
「美咲、大丈夫だよ。あんなお金目当ての女性に、俊太郎が本気になるわけがない。
特に、あんな評判の悪い相手を選ぶとは思えない。」
「……」
「俺、ドルチェに通っている知り合いの社長何人かに話を聞いたんだ。」
「……」
「誰も彼女を褒める人はいなかった。みんな金目当てで男を狙っているってさ。」
「そうなんだ…」
「泣かないで、美咲。俊太郎はすぐに目を覚ますよ。今は彼女にチヤホヤされて見えなくなっているだけ。所長になって生活が一変したから、あんな高級な店に行くなんて初めてだろ。初めての経験に酔っているんだ。」
「うん……」
「本気で彼女を相手にする男なんていないって、皆が言ってるよ。信頼できる情報だから安心して。今は一時的なものだ。大丈夫、俊太郎が他の女性に本気になるなんてありえないよ。」
彼は繰り返し、必死に私を励ました。
「…うん。…そうだね。」
しかし、その言葉を聞きながらも、私の胸は不安でいっぱいだった。
夫が私以外の女性と関わったことがないこと、そして彼の極端な一途さが、不安を掻き立てていた。
先輩との電話を終え、私は夫のクレジットカード明細を確認するためにパソコンを開いた。
彼が休日に女性と出かけていると聞いて、急に気になったのだ。
パスワードは私が設定しており、これまで一度も疑ったことはなかったが、そこで明らかな証拠を目にすることになった。
夫がゴルフに行っていたと言った日、実際は違う場所で食事や買い物をしていた履歴が次々と出てきた。
ジュエリーショップや、女性が好むブランドショップの名前も見えた。
そこに、確かな裏切りの証拠があった。
私の心の一部がその瞬間、崩れ去った。
「俺たちは一生一緒だ」と言っていた夫の言葉を信じてここまできたのに、今でも俊太郎を愛しているのに…
夫の誘い(1)
その日は日曜日にもかかわらず、彼が家にいた。
彼が休みの日に家にいるのは、どれほど久しぶりだろうか。
普段は、週末はいつも仕事の付き合いだと言って、沙織と過ごすために外出しているのに。
ソファで新聞を広げていた彼が、キッチンで食器を片付けている私に声をかけてきた。
「ねぇ、美咲。久しぶりに一緒に出かけないか?」
「……え?」
今、何て言ったの?
思わず手を止めて、彼の顔を見た。
何が起きたの?どういうつもり?
彼は私の横にやってきて、顔を覗き込んだ。
「本当に、久しぶりに一緒に行こう」
どうしてだろう……。
沙織と何かあったのか?
だから、やけになって私を誘っているのかもしれない。
しばらくほとんど口をきいていなかったのに、今さら一緒に出かける気分じゃない。
彼の裏切りを思い出すと、なおさら嫌気がさす。
でも、ちょっと待って。
この機会は、彼としっかり話をする良いチャンスかもしれない。
片道2時間、往復で4時間。二人きりになれる。
逃げ場のない空間で、どこへも逃げられない。
子供たちに聞かれることもなく、話ができるのだ。
「……わかった。行こう」
私は小さな声で応じた。今日は彼と向き合おう、と決めた。
「デート?なんかお父さんとお母さん、ラブラブじゃん!」
娘の美穂が両手でハートを作り、笑いながらからかう。
「行くなら、お土産忘れないでね」
息子の悠人と健二も笑っていた。
まだ何も知らない子供たち。
そんな子供たちに見送られ、私たちはアウトレットまでのドライブに出かけた。
昔は年に1、2回、こうして二人で出かけて、買い物をしたり、食事をしたりしたものだ。
だけど、どうしてだろう。今日は彼が穏やかな顔をしている。
こんなに落ち着いた彼を見るのは、いつ以来だろうか。
「なんだよ、その顔。せっかくのドライブなんだから、もっと楽しそうにしろよ」
彼が助手席に座る私の顔を覗き込んで、頬を軽くつまんだ。
何なんだ、この態度は。まるで昔に戻ったみたいだ。
この半年以上、彼と笑顔を交わしたことなど一度もなかった。彼も同じだ。
いつの間にか、それが私たちの普通になってしまった。
だけど、時折微笑みかけてくる彼を見ていると、ああ、彼は昔こんな風に笑っていたんだな……と思い出す。
車内に流れるのは、若い頃二人でよく聴いた懐かしい曲。
彼は、仕事のこと、子供たちの将来のこと、家族のこれからのことを話し始めた。
義理の両親の介護や家の改築の話まで。
この豹変ぶりは何だろう?彼の考えが全く読めなかった。
でも、1時間、2時間と時間が経つにつれ、私の中の疑念が次第に喜びへと変わっていった。
少しずつ、心の中で溶けていくように。
明らかに今、彼は沙織ではなく、私に向き合っている。
助手席に座っているのも沙織ではなく、私だ。
彼は今、私との未来について話している。
もしかして、彼は沙織との関係を終わらせたのだろうか。
もしかして、これからは私たち家族が、また平和な日々を取り戻せるのではないか。
そんな小さな期待が、心の中で少しずつ膨らんでいく。
そう思えると、不思議と嬉しかった。
やっぱり私はこの人を愛している。
これからも一緒に生きていきたい。
もしこのまま彼が戻ってきてくれるなら、過去のことなんてどうでもいい。
そう心から思えた。
アウトレットに到着すると、彼は以前のように私の手を取って、店を見て回った。
夫の誘い(2)
アウトレットに着くと、
彼は以前のように私の手を取り、いろんな店を一緒に歩き回った。
ジャケットを試着しては、私に見せる彼。
「これ、似合うかな?」
「…うん、似合ってると思う」
私は小さく頷いた。
彼はいくつかのジャケットを試したあと、最終的に私が選んだ一着を購入した。
「君にも何か買ってあげるよ」
「…大丈夫。私は何もいらないから」
「いいからさ、欲しいものがあれば言ってくれよ。なんでも買ってやるよ。財布はどうだ?ブランドのもの。君の古かっただろう?」
不倫問題が表面化する前は、二人で買い物に来てはお互いにプレゼントを選んでいたものだった。
「あ…うん…」
正直なところ、特に欲しいものはなかった。ブランド物にも興味はない。
しかし、久々に彼の機嫌が良いのだから、それを損ねるわけにはいかない。
私が目についた財布の希望する色は、売り切れだった。
「じゃあ、別のでもいいよ。こっちのにする」
本当は、どれでも構わなかった。今はそれどころではないのだ。
「美咲、別の店舗にはあるかもしれないって店員が言ってたから、行ってみよう」
彼は私の手を引き、車に急いだ。外はすっかり暗くなっていた。
「子供たちが待ってるし、私のはまた今度でいいよ」
「そんなこと言うなよ。せっかく二人で出かけたんだし、どうしても君にあの財布を買ってあげたいんだ」
彼は少し離れた別の店舗に車を走らせ、私が欲しいと言った財布を見つけてくれた。
「ありがとう…」
彼が満足げに微笑む。その顔は、以前よく見たものだった。
もしかして、すべてが元に戻るのだろうか?
彼は本当に、あの女性と別れたのかもしれない。
彼が私の元に戻ってきてくれたのかもしれない。
この二人きりのドライブが、彼の「もう一度やり直そう」というサインだったのかもしれない。
その後、私たちは子供たちへのお土産を選び、食事も楽しんだ。
まるで1年前のように。
私の心は、やっと居るべき場所に戻れた気がして、安堵していた。
本当によかった。
この半年間の出来事が、まるで嘘のようだ。
きっと明日からは、以前のように仲の良い夫婦に戻れる。
以前のような日常が再び訪れるのだ。
間に合った。
子供たちに知られる前に、何とか間に合った。
これで、子供たちを傷つけずに済む。
明日からは、何事もなかったように笑顔で再出発しよう。
私は彼に買ってもらった財布を握りしめながら、運転する彼の横顔を見つめ、心の底からそう思った。
しかし――
この日ほど、心から安堵した日は、後にも先にもなかった。
この日以外には、決して。
夫の誘い(3)
夜が更け、家族全員が眠りについた頃、私は先輩にメッセージを送った。
昼間のドライブがとても楽しかったので、どうしてもその気持ちを伝えたかったのだ。
「もう問題は解決したんだよね?あの人、彼女と別れたんだよね?これで私たち、元通りに戻れるよね?」
しばらくすると、先輩から返信が届いた。
「こんなこと言いたくないけど、彼のことはあまり信じない方がいいと思う」
「どうして?今日の彼は、完全に元の彼に戻ったみたいだったよ」
「浮気する男って、たまに奥さんの機嫌を取るんだよ。どこかに連れて行ったり、何かをプレゼントしたりしてさ」
「私の機嫌を取る?一体何のために?」
「浮気を疑われて、探られるのが面倒だからだよ。浮気をするなら、奥さんの機嫌を適当に取っておけって、よくある話だよ」
「そんなこと、嘘でしょ?」
「たぶん、誰かからアドバイスでも受けたんだろうな。だから、浮気が終わったなんてことはないと俺は思うよ」
嘘でしょ。そんなことが本当にあるの?今日の夫の態度はすべて、私を油断させるための演技だったというの?すべてが嘘だったの?
そんなはずない。彼はそんなことをする人じゃない。
「俺が言っていることは、多分正しい。俺も男だから、そういうことがわかるんだ。気を抜くなよ」
先輩の言葉を聞いて、私はまた絶望の淵に落ちていった。
もう呼吸をするのもやめてしまいたい。この世界から消えてしまいたい。
予感は的中し、次の日からまた夫は朝帰りを繰り返すようになった。
何も終わってはいなかった。私の苦しみはまた始まったのだ。
義父のこと(1)
義父は、建築事務所を経営する成功者だったが、若い頃から数々の愛人がいた。
夫から聞いた話では、彼が子供の頃、義父の愛人が突然家に押しかけてきて、義母に罵声を浴びせる場面を何度も目撃したそうだ。
「夫とは別れなさいよ!この家から出て行け!私のほうが彼に愛されているんだから!」
玄関で義母に怒鳴り続ける愛人。それに対して、義母はただ静かに座り込み、反論することもできず、罵倒され続けていたという。
夫はいつも、その場面を物陰からひっそりと見つめていた。
そのような日々が続く中で、義母も夫も当然のように苦しんだ。義父の不倫に苦しむ義母を見て、幼い夫も深い心の傷を負ったのだ。
夫は、そんな義父を激しく嫌悪して育ったと話していた。
ある日、義母が私にこう言った。
「私は、あんな夫から逃げたくても、帰る場所がなかったの。それでも、この家と事務所を守るために耐えるしかなかったのよ」
義母もまた、私と同じく帰る場所のない身の上だったのだ。
だが、義母が耐え続けたことが果たして良かったのかどうか。義父の裏切りは今なお続いている。
義父は高圧的で、周囲の誰に対しても冷酷だった。仕事相手や近隣住民、社員にさえ容赦ない態度で接し、家族に対しても変わることはなかった。
初めて義父母の家に挨拶に行ったときのことを、私は忘れられない。祝膳の席で、少し酔った義父が私にこう言った。
「この子はな、親が年取ってからできた子だ。まるで残り物から生まれたようなものだ」
義父は笑っていたが、私はその言葉に強い衝撃を受けた。それに対して反論もしない夫と義母の諦めた表情も忘れられない。
義家には、義父に逆らえる者は誰もいなかった。私も結婚後、そんな義父に逆らえない一員となったのだ。
義家は義父の恐怖によって支配されていた。
ある日、義父が久しぶりに事務所を訪れた。義父は私に向かって威圧的に言った。
「本当にこの家と事務所を守り通す覚悟はあるのか?」
私は恐怖に震えながらも、小さな声で答えた。
「はい、あります」
「よし、なら何があっても耐えろ。お前がいなくなったら、この事務所は終わりだ。俺が言うんだから間違いない。お前はしっかりしている。だから信じてるんだ」
義父からの厳しい言葉だったが、その中に初めて私への信頼が感じられた。驚きとともに、どこか救われた気持ちが湧き上がったのだ。
義父は、私を本当の家族として見てくれているようだった。そして、その瞬間、私は義父を最強の味方だと感じたのだった。
義父のこと(2)
私は静かな田舎町で生まれ育ちました。
小さな家に両親と祖父母、私の5人で平凡な日々を過ごしました。緑に囲まれ、田んぼが広がるこの土地では、誰もが顔見知りで、高校を卒業するまでずっとこの町で暮らしました。
都会に憧れて進学した大学で、俊太郎という男性と出会いました。私の両親は数年前に亡くなり、今は頼れる人が誰もいない私にとって、義理の父親の「俺は君の味方だよ」という言葉が心の支えでした。
「分かりました。お義父さん、私、頑張ります。家も仕事も守り抜いて、俊太郎さんが戻ってくるのを待ちます」と涙を拭いながら、義父に誓いました。
私はその義父の言葉を信じ、その時は何も疑っていませんでした。彼が頼りになる味方だと思い込んでいました。
しかし、義父には長年にわたり義母を裏切り続けてきた過去がありました。彼がどういう人物か、本当の姿はまだこの時の私は知らなかったのです。
子供たちのために私は強くなろうと決意しました。どんなことがあっても、子供たちの心を傷つけることだけは避けたい。それが私の絶対的な信念でした。
だからこそ、家族を守るためにすべてを我慢し、耐え抜こうと誓いました。だが、それが義父の策略だったことに気づいた時、私はもうすでに遅すぎる場所に立っていたのです。